
アルケミスト — 糸を旅するものたち
これから書くのは、SUTOOHのものづくりからこぼれ落ちる「残糸」の使い道を探していたデザイナーの吉田里子さんが、仙台在住のグラフィックデザイナー・伊藤裕さんとの出会いによって見つけた、ある宝物にまつわる物語です。
もとを辿れば、2024年3月の雨の日。仕事で東京に来ていた伊藤さんに、SUTOOHの冊子づくりの相談を持ちかけたのがきっかけでした。以後、吉田さんと伊藤さん、そして僕の3人による残糸をめぐる不思議なプロジェクトが動き始めます。

古代エジプトからの神託
2024年5月24日。吉田さんから「コプト製本」に関するメールが届く。
― なかなか着地点が見えず、形にするのがむずかしいのかなぁと思っていたところ、別件で調べものをしているときに「コプト製本」というアイデアに出会いました。 ―
「コプト製本」というのは古代エジプトに由来する製本方法で、平らにページがひらけて綴じ糸が見えるのが特徴。このアイデアを機に、再利用のターゲットは「製本」から「ノート」、「ノート」から「混抄紙(こんしょうし=木材パルプ以外の素材を混ぜた紙)」へと更新していきます。
2024年11月21日。長い腰痛から回復しはじめた吉田さんからメールが届く。
― 来年(2025年のこと)から、もっと手作業、細部に目を行き渡らせたいと思っています。その流れで、ニットに用いている糸を混ぜた紙で「下げ札」をつくることはできないでしょうか? ―
ショップなどに行くと、ディスプレイされた製品に付いている「下げ札」。ブランド名や品質情報などが記されたその札を、SUTOOHのものづくりから出る残糸を混ぜた混抄紙でつくりたい—というものでした。
混抄紙の試作実験
グラフィックデザイナーとして長年、紙に携わってきた伊藤さんが、このアイデアを喜んだのは言うまでもありません。ここからプロジェクトは一気に推進力を増し、伊藤さんがつくった10種類以上のサンプルの中から、下げ札に合いそうなものを選び、続いて行われた試作実験に、僕も立ち合わせてもらうことにしました。
「糸を混ぜた紙」をつくるには、糸を繊維に戻すための「ほぐし」、「混ぜ合わせ」、「漉きと水抜き」、「乾燥」などといった工程を辿ります。もちろん手法は無数にありますが、ここでは伊藤さん式に沿ってご紹介。
実験が行われたのは仙台市内がよく見渡せる年期の入ったマンションの一室。伊藤さんの住居兼、仕事場です。これまで手がけてきた仕事に関するたくさんの資料や道具に囲まれて、混抄紙づくりは部屋の中央にあるキッチンで行われました。

1:素材準備
この日の実験のため、あらかじめ吉田さんから材料となる「糸」と、糸を手でカーディングしてほぐした「ワタ」、さらに糸が巻かれていた「コーン(芯)」などが届いていました。それらを細かくして水に混ぜ、網に乗せ、圧縮し、乾燥していきます。「すべて手作業で行うが、“手作りである” ことに甘えないよう」に気を付けているのだそう。

2:カット
ほぐされたワタが絡まって毛玉の親分(ダマ)にならないようハサミで細かくカットしていきます(のちに糸のままカットして混ぜても大丈夫だとわかる)。カットされたワタを受け止めているのは伊藤さんのふるさとでもある盛岡の「黄精飴(おうせいあめ)」の化粧箱。延々とカットし続ける作業は辛くないかと聞くと「できるならこれで暮らしていきたい」と伊藤さん。

3:水に混ぜる
半透明の容器に、水、コーン(芯)を細かくほぐした再生パルプ、カットされたワタを入れた液体をつくります。適量を測るため手で握り固められたパルプ(写真右)を、伊藤さんは「釣り堀の練り餌」みたいと言っていましたが、お腹が空いていた僕にはお寿司のシャリに見えていました。重さが異なるそれらは容器の中で美しい層を成します。

4:敷き詰めと水抜き
網を貼ったフレームを琺瑯バットに乗せ、素材が混ざった液体を隙間なく敷き詰めていきます。そっと指の腹で均したら、上から板などでギュッギュッと押して、水分を琺瑯バットに落としていく。あるいは手ぬぐいの上に乗せて水分を吸わせたり、板と板で挟んでみたりと、いくつか方法を試していました。

5:乾燥
次々と目の前で進められる作業を見ていると、まるでパティシエがつくるお菓子みたいだったのに、水を抜いたらしっかり紙になっていました。糸が混ざっているのもちゃんとわかります。充分に水分を押し出したら、空気に晒して自然乾燥。多少の反りやねじれは、仕上げにアイロンをかければ大丈夫。乾いた紙は薄い煎餅のようにパリッとしていました。

伊藤裕さんの正体
西陽が沈むころ、試作実験は終了。糸のほぐし具合とカットの仕方、水に混ぜる量、水分の抜き方、乾燥の方法など、全体の流れがまとまってきました。とはいえまだ試作段階。本番に向けてさらに各工程が精錬されていきます。
こうして伊藤さんが見せてくれた魔法にすっかり魅了されつつ、僕ば僕でこのプロジェクトを紹介する記事づくりに取り掛からねばなりませんでした。
1年前に吉田さんから提案された「コプト製本」のアイデアが、いくつかの思考を巡り、伊藤さんの手で、下げ札用の混抄紙となる。それは作業にたくさんの水を要することから、自ずとキッチンで行われ、伊藤さんは寿司職人やパティシエに見えたりしていたのですが、数日後にひょんなことから、本当の正体がわかります(グラフィックデザイナーというのは隠れみのだったのです)。

羊飼いの少年サンチャゴは、彼を待つ宝物があるというエジプトのピラミッドを目指して旅に出ます。旅の中で彼はさまざまな試練を乗り越え、やがてひとりのアルケミスト(=錬金術師)に出会い、導かれ、ついに宝物を手にする。
ブラジルの作家パウロ・コエーリョによる『アルケミスト - 夢を旅した少年』はそんな物語です。僕は伊藤さんの実験に立ち会った後日、たまたま自宅の本棚にあったこの本を読んでいたとき、あるページで衝撃が走りました。
それは物語がクライマックスに差し掛かるところ、主人公のサンチャゴを連れたアルケミストが、コプト人の修道院に立ち寄り、台所を借りて鉛を金に変えてみせた場面でした。僕はそれを読んだとき、思わず声が出てしまいました。「まるで吉田さんと伊藤さんじゃないか」と。
サンチャゴのように夢を追い続ける吉田さんを導くために現れた、アルケミストこと伊藤裕さん。彼の術によってこれからつくられようとしている下げ札は、ただの下げ札ではありません。なぜならそれは、吉田さんの想いが金のように純化された姿だからです。
みなさんにもぜひ、そんな奇跡の物語を感じていただけたら幸いです。
*この記事で紹介した方法は試験的な実験です。実際の製品に付属する下げ札には、ここからさらに改良が加えられています。
Photography & Text by Soya Oikawa